DNAの量を測る−こんなこともできる“リアルタイム−PCR法”
北海道立衛生研究所生物科学部遺伝子工学科 鈴木 智宏

DNAを増やす方法(PCR法)
 1985年、ケリー・マリスによって鋳型となるDNAと必要な試薬を混ぜて装置にかけるだけで、文書・書類などをコピー機で何枚も複写するように、ある 特定のDNA領域を短時間に増やす(増幅する)ことができる手法が発表されました。いわゆるDNAポリメラーゼ連鎖反応増幅法(PCR法)です。彼は、 PCR法の開発による功績で1993年にノーベル賞を受賞しています。
 このPCR法は、今では感染症の検査や農水産物などの品種識別をはじめとして、親子鑑定や犯罪捜査における犯人の特定(DNA鑑定)にも使われています。
  PCR法は、わずか1分子のDNAから目的のDNA断片を百万倍にも増幅する方法です。ですから、ごくごくわずかなDNAの汚染が誤った結果をもたらして しまう場合もありますので、細心の注意をはらって操作を行わなければなりません。この点を考慮にいれてもPCR法を用いた検査には余りある利点がありま す。なにせ、わずかな時間で大量に増えたDNAをその大きさによって分離、染色するだけで、容易に肉眼で見えて、ごくわずかな量のDNAで診断をくだせる のですから画期的なものです。

DNAの量を測る方法(リアルタイム−PCR法)
 最近、PCR法をさらに進化させた手法が汎用されるようになりました。リアルタイム−PCR法と呼ばれている方法です。PCR法は、目的のDNAを増や したり、その有無を判定するために用いられるのに対して、リアルタイム−PCR法は、DNAの量を測定することができます。PCR法が考案されてから20 年余りで、DNA研究者の夢の領域であったDNAの量を測る方法が考案され、しかも実用化されているのです。少し紙面をさいてリアルタイム−PCR法の原 理を簡単に説明しましょう。ある特定の光を当てると蛍光を発生する化学物質(蛍光色素)を付けたプローブ(目的とするDNAとだけ特異的に結合できる小さ なDNA断片)をPCR反応試薬に混ぜて反応を行います。そして、特別な光を当てながら反応を進めます。そのとき、発生する蛍光をリアルタイムで測定しま す。蛍光はPCR反応の進行とともに増加していきます。蛍光がある一定の強さに到達するまでのPCR反応の繰り返し回数を、比較することによりDNAの量 を求めることができるのです。では、本題の「DNAの量を測る―こんなこともできる リアルタイム−PCR法」について話を進めましょう。


リアルタイム−PCR法の光と(影)
 記憶にも新しい、平成19年6月由々しき事件が道内で発覚しました。牛挽肉偽装表示事件です。これは鶏肉や豚肉を意図的に混入させた製品を牛挽肉と偽って出荷していた事件で、消費者の食に対する安心、信頼を揺るがし、全国に大きな衝撃を与えました。
  ところで、意図的混入はどのようにして見つけるのでしょう。PCR法を用いれば問題は解決? そう簡単にはいきません。ちょっとした汚染でもDNAを検出 できることは冒頭に述べました。洗浄が十分でない調理器具を使いまわしたためにDNAが検出されてしまったということはあることです。そこで登場するのが DNAの量を測るという検査方法です。牛肉100%の製品には牛のDNAが100%のはずです。そこに、鶏や豚のDNAが10%、30%測定されたのなら ば、それはもはや牛肉100%の製品ではありません。製品製造の過程での調理器具の不十分な洗浄などによる汚染では10%や30%の混入割合はありえませ ん。意図的に混入させたと考えるのが妥当です。
 このように、リアルタイム−PCR法では特定のDNAがどの程度の量、含まれているのかを正確に 測定できますので、偽って意図的に他の種類の食肉を混入させたのか、あるいは製品製造の過程で誤って混入してしまったのかを判定することが可能となるので す。現在、リアルタイム−PCR法は、DNAの量を知るための手段としてさまざまな分野で活用されています。生体細胞や組織の中でどのような遺伝子がどの 程度の量、発現変動しているのかを測ることができるために、病気などにかかってからだの中である特定の遺伝子の量が増える場合には、その遺伝子の量を測る ことによって病気の診断が可能になりますし、病気に対する薬の効果なども調べることができます。また、細菌やウイルスなどに感染した場合には、感染部位な どにおける細菌やウイルス特有のDNAの量を測ることにより、その病原体の量が分かり、どの程度病原体に冒されているのか感染の状況を知ることができま す。
 従来のPCR法に比べて、リアルタイム−PCR法は特異的プローブを用いているので、目的のDNAを正確に測定できることから、DNA検査 の万能なツールであるといいたいところです。しかし、さすがのリアルタイム−PCR法といえどもまだ改善の余地があります。測定の対象はDNAです。 DNAは高温で長時間処理されたり、高い圧力で加熱されたりした場合には分解してしまい量が著しく減少してしまいます。高温、高圧で調理された加工食品の DNA検査を正確に実施できるようにするのが、リアルタイム−PCR法の今後の課題です。
 現在、当所遺伝子工学科では、遺伝子組換え食品に組換 えDNAがどの程度の割合で含まれているのかリアルタイム−PCR法を用いた検査を実施しています。さらに油で揚げた食肉を含む加工食品について、どのよ うな種類の肉が、どの程度の量含まれているのかを正確に定量できるリアルタイム−PCR検査法の開発を検討しています。

プロフィール:すずき ともひろ。群馬大学大学院工学研究科博士後期課程中退。1994年から北海道立衛生研究所に勤務。飲料水衛生科を経て、2002年より現職。博士(工学)。
 
 

この記事は、2009年3月18日に「しゃりばり」ウェブページに掲載されたものです。