北海道における環境放射能調査について
北海道立衛生研究所健康科学部放射線科学科長 佐藤 千鶴子

はじめに
 環境中には、地殻中に存在するウラン、トリウム、カリウム-40などと宇宙線に由来するトリチウム、ベリリウム−7、炭素-14などの自然放射性核種の他に、大気圏内核爆発実験や原子力施設に由来する放射性物質(注1)があります。
 1940年代中頃〜1980年に行われた大気圏内核爆発実験によって生じた多くの放射性物質は、世界的規模で拡散し、放射性降下物(フォールアウト)として地上に降下しました。それらのうち、半減期(注2)が30.04年のセシウム-137や28.74年のストロンチウム-90などは現在でも環境中に存在しています。
 また、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故に起因する放射性物質も北海道に飛散し、セシウム-137、ストロンチウム-90の他に、半減期が短く通常は非検出レベルのヨウ素-131やセシウム-134などが検出されておりました。
 国民生活の安心安全に寄与する基礎的データとして環境中の放射能や放射線のレベルを把握するため、国では全国47都道府県の衛生研究所などに委託して「環境放射能水準調査」を実施しています。
 当所でも1957年から、北海道内における雨雪水、降下物、飲用水、海水、土壌、海底土、農畜水産物、日常食等に含まれるセシウム-137やストロンチウム-90などの放射性核種及び空間放射線量について調査研究を行っています。
  大気圏内核爆発実験が1980年以降行われず、また1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故以降は放射性物質の大規模な拡散がないことから、環境中の 放射性核種のレベルは次第に低下し、現在では高性能な機器を駆使しても検出下限値を下回るデータ(非検出)が多くなっています。
 本稿では、北海道内における環境放射能の現況を、代表的な試料を例として以下に紹介します。

降下物について
 降下物とは、雨雪などの降水及び自然に地表に降下するじん埃(あい)をいいます。核爆発実験や原子力施設からの排気によって大気中に放出された放射性物質のうち地表に降下した量を知るために、年間12回、受水面積が約5000cm2の水盤にその1月間の降下物を採取して試料とします。
 放射能の単位はベクレル(Bq)(注3)で、降下物の場合、1カ月間に一定面積当たりで採取された降下物に含まれる放射能(Bq/km2・月)で表されます。

 北海道における月間降下物中のセシウム-137とストロンチウム-90の経年変化を、縦軸を放射能濃度(対数表示)、横軸を年度とするグラフで表しました。大気圏核爆発実験が頻繁に行われた1960年代には降下物中の放射能濃度も高く、毎月検出されていました。
  その後はセシウム-137、ストロンチウム-90ともに漸減傾向を示していましたが、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故の影響でセシウム -137が一時的に大きく上昇しました。しかし、翌年には事故以前のレベルに戻りました。最近ではセシウム-137、ストロンチウム-90とも春の一時期 に微量が検出されることもありますが、ほとんどの月で非検出となるまでに減少しています。
拡大図 ↓
北海道における月間降下物中の各核種の経年変化

北海道における月間降下物中の各核種の経年変化 北海道における日常食中の各核種の経年変化

日常食について
 日常食とは、私たちが日頃食べたり飲んだりしている食事、おやつ、飲み物などのことです。
 日々の食事を通じて人が摂取する放射性物質のレベルを知るため、毎年6月と12月に、それぞれ5人のボランティアの方々に、一般的な大人の1日分の全ての飲食物(3食、間食、お茶や水等)の提供をお願いし、5人分を集めて日常食の試料としています。
  北海道における日常食中のセシウム-137とストロンチウム-90の経年変化を、縦軸を1人1日当たりに換算した食事中の放射能(Bq/人日)(対数表 示)とするグラフで表しました。日常食の放射能濃度は、チェルノブイリ原子力発電所事故の影響が数年間認められましたが、その後は漸減傾向で、最近では 0.1 Bq/人日以下です。
 国では、1989年から、全国の市場に流通している一般食品を対象とした放射能調査を 行っています。その結果、これらの食品中の放射能レベルは低く、健康に影響を及ぼさないレベルであることが明らかになりました。また地域による差は認めら れず、輸入食品と国産食品の放射能濃度は同程度であることがわかりました。
拡大図 ↓
北海道における日常食中の各核種の経年変化

おわりに
 大量の放射性物質が世界的規模で拡散した時期に当所が調査を開始して50年あまり、現在では環境中の放射性核種のレベルは著しく低下しています。
  しかし、これらのデータは、放射性廃棄物の不法投棄、原子力施設の事故、核爆発実験などの非常事態における状況の把握や監視、原状復帰などを判断する上 で、また新たな原子力施設の稼働等におけるモニタリングのために極めて有用なものです。2006年10月の北朝鮮による地下核爆発実験発表に際しては、 「環境放射能水準調査」に参加する機関の全てで観測強化を行いましたが、環境中に、異常値や通常と異なる人工放射性核種の検出は認められませんでした。こ れまでの環境放射能調査で蓄積されたデータは国民生活の安心安全に大きく貢献してきていることから、今後とも環境中の放射能に関する専門的な知識技術を培 い、精密な調査を継続していくことが必要と考えています。
 なお、放射能調査のデータは文部科学省のホームページ「日本の環境放射能と放射線」http://www.kankyo-hoshano.go.jp/あるいは「放射能調査年報」(北海道立衛生研究所刊行)、「北海道立衛生研究所報」等で公開されています。また、国は、チェルノブイリ原子力発電所事故を契機に、輸入食品について放射能暫定限度を370 Bq/kg以下(セシウム-134とセシウム-137の合計)と定めました。
 事故直後の1987年には30件、1988年には16件の輸入食品について放射能暫定限度を超える事例があり、輸入は許可されませんでした。輸入食品の放射能については厚生労働省の輸入食品監視業務ホームページ(http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/tp0130-1.html)でその結果を公開しています。

(注1)  放射性物質:放射能を持つ物質の総称で、1種類あるいは数種類の放射性核種を含みます。放射性核種は固有なエネルギーの放射線を放出しながら崩壊します。
(注2) 半減期:ある時刻における放射能に対して、放射能が1/2になる時間を半減期といいます。半減期は核種によって定まっており、短いもので1秒よりはるかに短く、長いものでは数十億年以上にもなります。 
(注3) ベクレル(Bq):国際単位系の放射能の単位で、原子核が1秒間に1個崩壊する量が1Bqとして定義されます。ウランの放射能の発見によって1903年にノーベル物理学賞を受けたフランスの物理学者ベクレル(A. H. Becquerel)の名前に由来します。 

プロフィール:さとう ちづこ。1979年北海道大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了。同年北海道立衛生研究所勤務。栄養化学科、健康栄養科長を経て2003年より現職。
 
 

この記事は、2008年9月18日に「しゃりばり」ウェブページに掲載されたものです。