ヒト先天性銅代謝異常性のウイルソン病について(その2)
北海道立衛生研究所 健康科学部 研究職員中山憲司

 第63号では、ヒト先天性銅代謝異常症であるウィルソン病の原因や症状などについて説明しました。今回は、この病気の早期診断のための取り組みについて紹介します。

ウィルソン病の早期診断に向けて
 ウィルソン病は早期に発見して治療することにより、病気の発症を防いだり、症状の進行を抑制することが出来ます。そのため、早期診断法の開発と、患者の早期発見を目的としたスクリーニング検査が重要となります。ウィルソン病の患者の多く(95%程度)では、銅(Cu)を輸送するセルロプラスミン(Cp)と呼ばれる血清中のタンパク質が顕著に減少することが知られています。そこで、血清中のCpの値を指標とした早期診断法やスクリーニング検査システムが、アメリカやカナダ、日本などで検討されてきました。

 日本では、1993年にCuと結合しているCpと選択的に反応するモノクロナール抗体を利用した検査キットが開発されました。そして、このキットを用いて、東京都、札幌市、神奈川県などで新生児スクリーニングの一環として、ウィルソン病に関するパイロット・スクリーニングが試みられました。さらに、乳幼児期や学童での健康診断を利用したスクリーニングも実施され、患者の発見に役立てられました。また、ウィルソン病患者では尿中でもCpが異常に低い値を示すことが明らかになり、小学校での健康診断時の尿を検査材料として、48,819名の受診者から2名の患者が発見されています。2001年には、韓国で新たな抗Cpモノクロナール抗体が開発され、その検査キットを用いて韓国とアメリカでパイロット・スクリーニングが進められています。

遺伝子検索によるウィルソン病の早期診断
 ウィルソン病は遺伝性の病気です。そのため、遺伝子を調べることにより病気の発症前に診断が出来ることがあります。ヒトの染色体は、父親と母親に由来する1対の性染色体と22対の常染色体から構成されており、その上にはおよそ3万種の遺伝子が存在しています。遺伝子の発現には大きく分けて、優性遺伝と劣性遺伝の二つの形式があります。優性遺伝形式の疾患では1対の遺伝子の片方に病因変異があるだけで発症するのに対して、劣性遺伝形式の疾患では両方の遺伝子に病因変異がある場合にのみ発症します。

 ウィルソン病では、病気の原因となるATP7Bと呼ばれる遺伝子が13番目の常染色体上に存在していることから、性別に関係なく発症します。また、劣性遺伝形式を示す疾患として分類されています。このことから、ATP7B遺伝子の塩基配列を解析し、病気の原因となる変異を特定することによりウィルソン病の診断が可能となります。

家族にウィルソン病の方が発見されたら
 この様にウィルソン病は遺伝形式が明らかとなっているため、患者が発見されたとき、その家族の遺伝子を検索して将来患者となる恐れのある兄弟姉妹がいるか確認し、治療を行うことが可能です。ここでは、日本を含むアジア地域で発症頻度の高い二つの変異、R778L(778番目のアミノ酸がアルギニンからロイシンに置換した病因変異)をAとして、2871del.C(2871番目のDNAのシトシンが欠失した病因変異)をBとして用い、家系内での遺伝子の流れに関して説明します。


図 長男でウィルソン病が発見された家系内遺伝子検索の一例



 図に示した例では、長男がウィルソン病患者(■)と診断され、その病因変異としてAとBの二つ変異が検出されました。両親の遺伝子を検索した結果、父親が病因変異Aを、母親が病因変異Bをそれぞれ一つ持っていることが分かり、長男は両親からそれぞれの病因変異を受け継いだことにより発症したことが明らかになりました。
 先に述べたように、ウィルソン病は劣性遺伝形式のため、対となる染色体の一方にしか病因変異を持っていない場合には発症せず、長男の例のように両方の染色体に病因変異を持っている場合にのみ発症します。

 そこで、兄弟姉妹の遺伝子を検索したところ、長女には病因変異は検出されませんでした。次男は一つの病因変異Bが検出され保因者であることが分かりましたが、この場合には両親同様発症することはありません。しかし、次女の場合には長男と同様にAとBの二つの病因変異が検出されました(●)。この次女は年齢が幼いため、肝機能障害や中枢神経障害などの重篤な症状は観察されていません。しかし、遺伝的な情報からやがてウィルソン病を発症すると考えられるため、治療が必要となります。

 この様に遺伝子検索を利用した予防医学的な取り組みは、今後、ウィルソン病の早期診断法の一つとして重要になっていくものと考えています。

道立衛生研究所における早期診断法の研究開発
 当所においても、平成11年度から厚生省(後の厚生労働省)の研究事業に参加し、小学校での健康診断を利用したパイロット・スクリーニングに取り組みました。その後、平成14年度からは、道の総合企画部重点領域研究事業として「先天性銅代謝異常症(ウィルソン病)の包括的医療システムの構築−3歳児健診を利用したウィルソン病スクリーニングの導入」を3年間に亘り実施しました。
 この研究事業では、尿を検査材料とした自動分析法を開発し、道内の市町村で実施されている3歳児健康診断時の尿検査に応用しました。そして、11,362名の受診者の中から1名の発症前ウィルソン病患者を発見し、早期治療が出来ました。このシステムに関しては、国内外から高い評価を得ていることから、その普及が期待されています。

終わりに
 2回に亘って、先天性(遺伝性)のCu代謝異常疾患であるウィルソン病に関して紹介しました。先天性の疾患は、現代の医科学をもってしても、まだまだ未知の領域と言えます。2003年に終了した「ヒトゲノム解析計画」によってヒトゲノムの全塩基配列が決定されました。これらの情報を活用することによって先天性疾患の発症メカニズムの解明が進展し、予防医学的な知見が数多く見出されることを期待しています。

中山憲司 (なかやま けんじ)
博士(理学)。1991年衛生研究所に勤務して以来、有害重金属の生体影響や先天性代謝異常症に関する調査・研究に携わる。専門は、生化学・臨床化学。現在は、ウィルソン病やアトピー性皮膚炎の診断指標の探索、有害重金属の健康リスク評価法の開発など、道民の健康増進に関する研究に取り組んでいる。

この記事は、2008年4月8日に「しゃりばり」ウェブページに掲載されたものです。