北海道立衛生研究所 健康科学部 研究職員 中山憲司

 先天性(遺伝性)の病気は、一般に非常に稀と考えられているようです。しかし、それらの中には発症頻度の高い疾患もあり、病気に関する正しい知識を持ち、正しく対処することで、克服することが出来る病気もあります。

 当所では、札幌市を除く全道の新生児を対象として、1977年10月より2002年までの約25年間に亘り、先天性代謝異常症であるフェニールケトン尿症・ガラクトース血症・メイプルシロップ尿症・ホモシスチン尿症の4疾患とその他の先天性疾患である先天性副腎過形成症・先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)の2疾患の最終的に6疾患を対象とした新生児スクリーニング検査を実施しました。

 その間の検査対象数は100万人を超え、実際に治療を受けた患児数は、フェニールケトン尿症やクレチン症などでは300人を超えました。この新生児スクリーニング検査の歴史や、当所での研究成果については、『しゃりばり(2006年289号)シリーズ39:新生児スクリーニングについて(市原侃著)』で紹介されています。

 2002年末より、当所が担当したこの事業は(財)北海道薬剤師会公衆衛生検査センターに外部委託されています。
 今回から2回に亘り、先天性代謝異常疾患の一種であり、将来のスクリーニング検査対象疾患の候補として国内外で積極的に早期診断法の開発が行われている、銅(Cu)代謝異常症のウィルソン病について紹介します。

生体に必要な微量の元素
 生物が誕生し、成長、繁殖していくためには、細胞を構成する様々な元素の摂取が必要となります。必要とされている元素の中で、極めて低い濃度(10-6g/g以下)で生命の維持に必要不可欠となっている元素を必須微量元素と呼び、Cu・鉄・亜鉛・セレン・ヨウ素・マンガン・コバルト・クロム・モリブデンなどが知られています。
 これらは、生体内で様々な酵素などの働きをもつタンパク質を補佐したり、ホルモンの一部となったり、情報伝達物質の働きをするなど極めて重要な機能をもっています。

Cuの有用性と有害性
 Cuは、貝・甲殻類、レバー、豆・穀類、ココア、チョコレートなどに豊富に含まれており、日常の食生活のなかで、少しずつ体内に取り込まれ利用されています。
 摂取されたCuは、小腸の粘膜細胞を経て体内に取り込まれ、肝臓に運ばれていきます。肝臓の細胞の中でCuは、セルロプラスミン(Cp)というCu輸送タンパク質と結合し、血液中へと分泌されて全身へ供給されていきます。

 それぞれの組織や臓器の中でCuは、生体成分の合成や分解に関与し、さらには、酸化や還元などを担う酵素などに取り込まれ、細胞の維持に欠かせない働きをします。そして、役目を終えたCuは再び肝臓に運ばれ、胆汁中に排泄されます。

 しかし、この様に人体に有用なCuも、過剰に蓄積すると、フリーラジカルと呼ばれる活性酸素を産生し、遺伝子の損傷や脂肪の過酸化などを引き起こすことがあります。
 ヒトには、肝臓に運ばれたCuがCpと結合できずに代謝異常を起こす先天性(遺伝性)の病気が知られており、その一つに今回紹介するウィルソン病があります。ウィルソン病という病名は、1912年に症例を初めて報告したロンドンの医師、ウィルソン博士の名前をとって名付けられています。

ウィルソン病の発症頻度とその症状
 ウィルソン病は世界の全人種において認められており、その発症頻度はおよそ出生数3万人に1人の割合と推定され、小児期の慢性肝疾患としては最も高頻度の病気とされています。

 近年の研究の進展により、日本を含む東アジア地域での発症率は、世界的に推定されている割合よりも高い可能性が示唆されています。道内でも毎年1〜2例が報告されています。
 ウィルソン病の臨床症状は、肝症状と神経・精神症状、そして眼症状を主な特徴とします。肝症状と神経・精神症状は、それぞれ別々に認められる場合もありますが、重複する場合もあります。肝症状としては肝機能障害を生じ、疲れやすくなったり、黄疸などを示します。

 肝臓や脾臓の腫大、腹水、むくみ、更には血中の肝機能障害指標となるGOT、GPT、ビリルビンなどの上昇が認められます。急激な肝不全状態(劇症肝炎)になる場合もあります。

 神経症状としては、ろれつが回らない、震え、筋肉の突っ張りなどを示します。精神症状では、精神不安定、無気力、うつ状態などを示すようになります。眼症状としては、角膜に青緑色或いは黒褐色のカイザー・フライシャー角膜輪と呼ばれるリング状の線が認められることもあります。
 発症年齢幅は非常に広く、4歳前後から壮年期(50歳を超える報告もあります)に亘ります。幼児においては、定期健康診断時における母親などの問診内容(子供の無気力、動作緩慢、食欲不振などや、家族歴など)や、病院受診時に原因不明の肝機能障害の検査で発見されることが多いようです。
 小学低学年以上になると、膨満感、むくみ、持続的な疲労感などの訴えがきっかけとなって、ウィルソン病と診断される症例が多くなるようです。小児期での早期発見には、保護者によるお子さんの観察が非常に重要な情報源となっています。
 発症年齢が10代以上とされている神経・精神型は、現在のところ、その発見や診断までに長い年月がかかっています。
 また、最も注意しなければならないのは劇症肝炎です。ウイルス性ではない急性肝炎の場合、まずはこの代謝異常症を疑う必要があります。なお、本疾患は、18歳未満の場合、厚生労働省の小児慢性特定疾患医療費助成の対象になっており、医療費の自己負担を補助する制度があります。

ウィルソン病の原因は?
 ウィルソン病は、ATP7Bと呼ばれるCuの細胞内輸送を担う1465個のアミノ酸残基からなる膜蛋白質(トランスポーター:P-type ATPase)の遺伝子の異常によって発症する病気であることが分かってきました。
 ヒト第13番染色体にあるこの遺伝子の変異により、Cuトランスポーターが充分に機能しなくなり、細胞内のCuのCpへの供給が低下したり、Cuが肝臓から胆汁中に排泄されなくなります。そのために、肝臓や腎臓、更には脳や角膜などに多量のCuが蓄積します。

 1993年のATP7B遺伝子の発見以来、病気を起こす数多くの変異(病因変異)が報告され、現在までに350種以上が明らかになりました。それらの変異はATP7B 遺伝子の全領域に分散しており、その組合せも極めて多様となっています。

 病因変異の種類には民族的な特徴があり、日本、中国、韓国、台湾などでは、特定の病因変異(R778L: 778番目のアミノ酸残基がアルギニンからロイシンに置換)が高い確率で認められています。ヨーロッパや北米などでは、他の種類の変異(H1069Q: 1069番目のアミノ酸残基がヒスチジンからグルタミンに置換)が高い頻度で確認されています。

ウィルソン病は早期の診断と治療が大事です
 多くの先天性代謝異常症は治療開始が遅れると、その後の治療が難しいとされています。ウィルソン病は早期に発見し治療を開始出来れば、予後を十分に改善することが出来ます。
 そのため、早期診断法の開発とその実施が強く望まれています。治療法としては、塩酸トリエンチンやD-ペニシラミンなどのCu結合薬(Cuキレート剤)を、空腹時に経口服用してCu排泄を促進し、病状の進行を抑えます。
 また、Cu含量の多い食品の摂取を控えたり、Cuの吸収を抑えるために亜鉛を服用する治療も行われています。また、急性肝不全を伴う劇症型や、Cuキレート剤治療にもかかわらず肝不全が進行したウィルソン病の場合には、肝移植の適応があります。
 次回は、ウィルソン病の早期診断法開発の歴史と、家族内の遺伝子診断の重要性について紹介します。

中山憲司(なかやま けんじ)
博士(理学)。1991年より衛生研究所に勤務。有害重金属の生体影響や先天性代謝異常症に関する調査・研究に携わる。専門は、生化学・臨床化学。現在は、ウィルソン病やアトピー性皮膚炎の診断指標の探索など、道民の健康増進に関する研究に取り組んでいる。

この記事は、2008年1月30日に「しゃりばり」ウェブページに掲載されたものです。