人を対象とする医学研究の倫理審査
北海道立衛生研究所企画総務部企画情報室  主任研究員・長谷川 伸作/研究情報科長・中野 道晴
/室長・高橋 健一


はじめに
 衛生研究所では、試験検査業務と並んで調査研究が重要な業務として位置づけられており、公衆衛生上の様々な研究課題に取り組んでいます。
 このうち、人を対象とする保健・医療に関わる研究を行う際には、被検者の個人情報の取り扱いならびに人権の尊重が極めて重要です。平成17年には「個人情報の保護に関する法律」も施行され、研究に携わる者の責任は益々重くなってきました。
 北海道立衛生研究所では、人または人体由来の材料を対象とした保健・医療に関する研究を行う際には、「ヒトを対象とする医学研究に関する規程」を定めて、研究計画等の倫理審査を義務付けています。ここでは、当所における医学・疫学研究の倫理性や科学的合理性の確保のための体制について紹介します。

医学・疫学研究と個人情報
 一般に、地方衛生研究所や保健所、衛生検査所等の検査機関では、人の血液、体液、排泄物などを検査材料として、臨床検査や疾患の原因である病原体を特定する検査が行われています。
 それらは健康の保持増進を目的に特定の個人を対象とした医学に係わる検査であり、検査法の開発や改良のための研究の出発点にもなります。また、「人間集団における疾病頻度とこれに影響を及ぼす因子の分布を解明する学問」である疫学研究にも重要な内容です。
 疫学研究では、疾病頻度などを調査し、影響を及ぼすと考えられる因子をもつ群ともたない群の間で頻度に差があるかどうかなどを検討し、疾病の危険因子を明らかにします。そして、最終的には疾病発生の予防を図り、地域における健康危機管理・監視・指導、健康増進計画の推進など医療計画の策定に役立てられています。
 このような医学・疫学研究では、個人を識別する情報(住所,氏名,生年月日、その他特定の個人を識別することができるもの等)を取り扱う場合が多々あります。検査結果を集団として解析する際には、個人識別情報は匿名化され、集団のデータとして取り扱われるため、被検者個人が特定されることはありませんが、疾病の原因究明の検査結果には被検者の個人情報が含まれています。そこで、研究の過程で個人の情報を保護するための措置が適切に成されていることを確認するための管理体制が必要となります。

医学・疫学研究の倫理
 人を対象として調査研究を実施する場合、最も尊重しなければならないことは被検者の人権です。これは科学的、社会的利益よりも優先される必要があるとされます。
 また、研究を実施するにあたっては、事前に研究の有益性を検討する必要がありますが、被検者や社会に対してもたらされると考えられる利益とリスクを比較する際においても、被検者に対して不利益とならないことが強く求められます。
 プライバシーの権利に関する意識の向上から、被検者に説明し同意を得ることが重要と考えられるようになり、研究者等が遵守すべき規範を作成することが求められるようになってきました。こうしたことから、国は平成13年に「ヒトゲノム、遺伝子解析研究に関する倫理指針」、平成14年に「疫学研究に関する倫理指針」、平成15年に「臨床研究に関する倫理指針」をそれぞれ策定し、さらに平成17年には前述のように「個人情報の保護に関する法律」が施行されました。

北海道立衛生研究所の医学研究倫理審査
 このような状況のなか、当所では「ヒトを対象とする医学研究に関する規程」(平成15年4月1日制定、平成17年4月1日改正)に基づいて、「研究倫理審査委員会」を設置して、調査研究課題の倫理審査を行っています。
 委員会には、様々な視点から公正で中立な審査を行うために、当所の職員以外に、外部委員として保健・医療分野および倫理・法律分野の有識者や一般市民の立場の方が含まれています。委員会では、所長からの求めに応じて研究計画の内容や実施状況、研究にかかわる倫理的事項について審査しています。

調査研究の適正性・透明性の確保に向けての対応
 委員会では、研究の適正性をはじめ以下に示す項目等について審議を行なっています。
○研究の適正性の確保
研究計画書をもとに調査研究課題の科学的合理性や倫理的妥当性が確保されていることなどを事前に確認するとともに、研究実施報告書により研究計画に従って研究課題が適正に実施されていたことを事後に確認します。
○インフォームド・コンセントの実施
 被験者に対して文書による十分な説明が行なわれるとともに、自由意思に基づく文書による同意のもとに、資料(試料)の提供を受けていることを確認します。
○個人情報の保護の徹底
資料(試料)等の匿名化、個人情報管理者による個人情報の保護管理、守秘義務が徹底されていることを確認します。
○資料(試料)の保存
資料(試料)の保存と使用に関して、個人情報の保護に留意し、適切に取り扱われていることを確認します。
○研究成果の公表
個人情報の保護のために必要な措置を講じたうえで、研究の成果が適切に公表されているか確認します。
○実地調査の実施
外部の有識者により、研究計画が忠実に履行されていることや個人情報の保護の状況を確認します。

おわりに
 各種の感染症やシックハウス症候群、花粉症など人の健康に関わる課題を解決するためには調査研究は欠かせません。一方で、これらの研究を円滑に進めるためには、被験者をはじめとする一般社会の多くの方々の理解と協力が必要です。
 そのためには、研究者自らが高い倫理観を持つとともに、研究機関としてもしっかりとした倫理審査体制を確保し、その運営に努めることが大切なことと考えます。

 今後とも、個人情報の保護をはじめとした倫理に関する社会情勢の変化に速やかに対応しながら、よりよい研究審査体制を整え、北海道内で問題となる公衆衛生上の調査研究課題に取り組んでまいりたいと考えております。

長谷川伸作(はせがわ しんさく)
東京都出身。昭和50年日本大学大学院農学研究科農芸化学専攻修士課程修了。56年まで、同大学農獣医学部醗酵化学教室研究員。50〜52年米国ジョージタウン大学大学院微生物学部微生物代謝専攻留学。57年から北海道立衛生研究所勤務。食品科学部食品微生物科研究職員、疫学部細菌科長を経て、企画情報室主任研究員。農学博士。
中野 道晴 :No.23  高橋 健一 :N0.2、31 に略歴

この記事は、2008年1月7日に「しゃりばり」ウェブページに掲載されたものです。