加熱調理後も油断は禁物 -芽胞菌(がほうきん)による食中毒について-
北海道立衛生研究所微生物部食品微生物科 駒込理佳


 夏は気温や湿度が高く、細菌が増殖するのに適した時期です。したがって「食中毒を防ぐためによく加熱して調理するように心がけている」という人が多いのではないでしょうか。しかし「加熱して殺菌したはずだから大丈夫」とか「多少食品中に菌がいたとしても食べる前に加熱すれば安全」と油断して、調理品を一晩室温に置いてしまうことはありませんか? 実は加熱調理した食品の中でも増殖してしまう食中毒菌が存在するのです。
 当食品微生物科は食中毒が発生した際、原因菌の確定検査を実施していますが、今回はその中でも熱に強い性質を持つ芽胞菌のウェルシュ菌とセレウス菌について紹介します。

芽胞とは
 これらの菌は、生存に適さない環境(高温、乾燥、栄養状態の悪化など)になると菌体内に芽胞という硬い殻の構造物を作って休眠することができます。芽胞は煮沸や冷凍処理、乾燥、アルコール消毒などの過酷な条件下でも完全には死滅しません。芽胞を死滅させるには、例えば180℃で30分間以上加熱などという通常の細菌の場合よりも厳しい滅菌条件が必要です。芽胞の状態のままで菌が増殖することはありませんが、生存に適した状態に環境が変化すると、芽胞から菌が発芽し、再び活発に増殖を始めてしまうのです。

ウェルシュ菌による食中毒
 ウェルシュ菌を原因とする食中毒は6時間から18時間の潜伏期間で下痢や腹痛などの症状を示し、多くの場合1日か2日で回復します。ウェルシュ菌が大量に増殖した食品を食べてしまうと、腸管内で菌が増殖して芽胞を作る時にエンテロトキシンという毒素が作り出されるため、腸管がダメージを受けて下痢を起こします。ウェルシュ菌による食中毒は大量の調理をする給食施設などで発生することが多く、100人以上の規模で患者が発生することも珍しくありません。厚生労働省の資料によれば平成18年はウェルシュ菌を原因とする食中毒が全国で35件発生し、患者数は1545人でした。そのうち道内での件数は3件で患者数は154人でした。今年に入ってからも、弁当が原因で500人以上もの人が下痢や腹痛を訴えた事件が発生しています。カレーやシチュー、スープ、煮しめなどといった魚や肉および野菜を含む煮込み料理が原因食品として多く報告されていますが、これはウエルシュ菌が酸素がない場所で増殖する性質を持つことが1つの要因です。煮込み料理では煮沸により酸素が追い出され、熱に弱い菌は死滅してしまいますので、芽胞を作って生き残ったウェルシュ菌にとっては増殖するのに都合が良い状態となるのです。このような状態の料理を室温で一晩放置すると、50℃以下に温度が下がった時点からウェルシュ菌が芽胞から発芽して増殖を開始します。ウェルシュ菌は43℃から46℃という比較的高い温度帯で一番良く発育しますが、10分間に1回という非常に早い速度で分裂します。食中毒症状を発症させるには食物中に1グラム当たり10万個以上という多量のウェルシュ菌が必要だとされています。例えば最初は1グラム中1個というわずかな菌しか存在していなくても、17回分裂すれば10万個以上に達してしまいます。最短で3時間弱ですが、最初の菌量が多けれぼ、もっと短時間で危険なレベルまで増えてしまうのです。また、前日に調理した料理を大きな容器のまま冷蔵庫に一晩保管したものの、冷えるまでに長時間かかったためウェルシュ菌が増殖してしまい、食中毒が発生した事例もありました。冷蔵庫で保管しているからといって安心できない場合もあるのです。

セレウス菌による食中毒
 セレウス菌による食中毒は、嘔吐型と下痢型の2つのタイプに分けられます。嘔吐型では食事をしてから1時間から6時間の潜伏期間で嘔吐や吐き気が起こりますが、それほど長時間は持続しません。嘔吐を引き起こす毒素を作るセレウス菌が料理の中に存在すると、加熱調理した後の長時間放置により芽胞から発芽した菌が大量に増殖して毒素を蓄積します。この嘔吐毒は耐熱性で、たとえ食事の直前に再加熱しても、料理を食べると嘔吐などの症状を起こしてしまうのです。日本で発生するセレウス菌を原因とする食中毒はほとんどが嘔吐型です。一方、下痢型の場合は、加熱調理後長時間室温で放置された料理の中で大量に増殖したセレウス菌が腸管内でさらに増殖し、芽胞を形成する時にエンテロトキシンを作り出すことで、食べた人に下痢や腹痛などの症状を起こさせます。この場合、菌がいったん腸管内まで到達してから増殖するまで時間がかかるので、6時間から15時間の潜伏期間があるとされています。昨年はセレウス菌による食中毒は全国で18件発生し、患者数は200人でした。そのうち道内では、患者数5人の食中毒事例が-件ありました。チャーハンなど穀類を調理した食品が原因の事例が多く報告されています。

食中毒を予防するために
 ウェルシュ菌もセレウス菌も土壌中に芽胞の状態で存在し、農産物や魚介類、食肉などさまざまな食材からたびたび検出される、ごく身近な細菌です。どこにでもいて、加熱しても死滅させることが困難なこれらの菌による食中毒をどうやって予防すればよいのでしょうか。食中毒予防の3大原則に「菌をつけない、増やさない、やっつける」というものがあります。「菌をつけない」ためには、食材への菌の汚染を完全に防止することは難しいので、洗浄できる食材は外側を水洗して付着した土や汚れを落としへ菌の持ち込みをできるだけ少なくするようにしましょう。そして、芽胞菌による食中毒予防のための一番重要なポイントは「菌を増やさない」ようにすることです。加熱調理した食品は室温に長時間放置せずにできるだけ早く食べるようにし、保存する場合は迅速に10℃以下に冷却して、菌の増殖に適した温度帯にいる時間をできるだけ短くしましょう。大きな容器のままで冷却保存すると温度の低下に長時間かかりますふので、できるだけ小分けすることです。温めた状態で保存する場合は60℃以上に保温すれば、菌の増殖を防げます。最後に「菌をやっつける」ためには、芽胞を完全に死滅させるのは難しいのですが、芽胞から発芽して増殖している菌なら加熱で殺すことができます。加熱調理をする場合は、十分な加温を行い、芽胞以外の菌をできるだけ死滅させましょう。調理後保存していた料理を再加熱する場合も同様です。
 美味しい料理にはひと手間かけるといいます。北海道の夏の味覚を安心して味わうためにも、もうひと手間かけて楽しく安全な食卓を心がけたいものです。

■駒込理佳(こまごめ りか) 氏
1999年北海道大学大学院獣医学研究科博士過程単位取得退学。CREST研究員、民間企業勤務を経て2003年より北海道立衛生研究所勤務。2005年から現職。博士 (獣医学)。

 
 

この記事は「しゃりばり」No.306(2007年8月)に掲載されたものです。