畜水産食品と動物用医薬品・飼料添加物
北海道立衛生研究所食品薬品部食品保健科長 田沢悌二郎


 昭和30年代の日本がまだ貧しい時分に幼少期や青年期を過ごした方々の多くは、当時普及したてのテレビ等を通して見聞きするアメリカ文化に強烈な印象を持ったものと思います。とりわけ、ハム・ソーセージを始めとするその豊かな食生活に強い憧れを感じたものと思います。それから約半世紀経た現在、スーパーマーケットや専門店等を通じてさまざまな食品を容易に入手し、ハム・ソーセージはもちろんのことステーキや焼肉等のフルコースを手の届く価格で賞味するなど、豊かな食生活を享受しています。その一方、肥満が社会問題となり、ダイエットを考えている方々も確実に増えています。
 このように、日本の食生活は非常に豊かになり、なかでも畜産食品の消費量は、当時と比べものにならない程、増加しています。これは、輸入畜産物の増加とともに、昭和30年代以降、国内の畜産業が大規模集約化に向けて急速に発展し、生産性が向上したことによりもたらされたものです。しかし、一方で、安定した生産性を確保するために、動物用医薬品や飼料添加物(以下、動物用医薬品等と総称)が使用され、その畜産食品への残留が懸念されるようになりました。また、水産食品においても、魚介類の養殖に動物用医薬品等が使用され、残留が懸念されるようになりました。このため、動物用医薬品等が畜水産食品に残留し人の健康を損なうことのないよう、生産段階において薬事法あるいは飼料安全法により使用方法が定められ、さらに、流通段階においては食品衛生法により残留規制が行われ、畜水産食品の安全性の確保が図られています。

動物用医薬品と飼料添加物
 動物用医薬品とは耳慣れない言葉ですが、専ら動物のために使用されることが目的とされている医薬品をいいます。感染症の治療や予防に用いられる抗生物質や合成抗菌剤、寄生虫駆除に使用される寄生虫用剤など、多くの種類があります。薬事法により、適正に使用されなければ畜水産食品に残留し人の健康を損なうおそれのある医薬品について、使用できる対象動物、用法・用量、使用禁止期間が定められ、使用者はこの基準を遵守しなければなりません。
 一方、飼料添加物は、用途として@飼料の品質低下の防止、A飼料の栄養成分その他の有効成分の補給、B飼料が含有している栄養成分の有効な利用の促進を目的に飼料に添加等する物質をいいます。Bには抗生物質や合成抗菌剤が含まれます。飼料安全法により、これらの抗菌性飼料添加物には対象飼料や添加量が定められ、抗菌性飼料には一律7日間の使用禁止期間等が定められています。

ポジティブリスト制度
  従来、食品衛生法に基づき、食品は抗生物質を、また、食肉、食鳥卵及び魚介類は合成抗菌剤を含有してはならないとされる一方、これら以外の動物用医薬品等について規制はありませんでした。その後、化学物質の科学的な安全性評価方法が国内外で確立し、また、国際的整合性を取る必要があることなどから、国は残留基準を30品目余りの動物用医薬品について順次設定してきました。これらの動物用医薬品等については、残留基準を超えて検出された場合その食品の販売を禁止するなどの措置を行うことができます。
 さらに、食品衛生法が抜本的に改正され、平成18年5月から生産段階で使用され食品に残留する可能性がある動物用医薬品等に対する規制が、農薬とともに、いわゆる、ポジティブリスト制度に移行しました。ポジティブリスト制度とは、原則禁止された中で、残留等を認めるものについてリスト化した制度をいいます。本制度では、240品目余りに上る動物用医薬品等について新たに残留基準が設定され、残留基準が設定されないものについては人の健康を損なうおそれがない量として一律基準を定め、この基準を超えて残留する食品の流通が原則禁止されました。

畜水産食品の監視
 動物用医薬品等は、生産段階における不適正な使用等により、畜水産食品に基準を超えて残留する可能性があります。北海道を始め各都道府県等は、食品衛生監視指導計画等に基づき、流通している畜水産食品における動物用医薬品等の残留実態を把握し、適切な行政対応を図ることを目的に、モニタリング検査等を実施しています。食品衛生法違反が認められた事例については、販売の禁止や回収など必要な措置を講じるとともに、関係機関を通じて残留原因の調査や生産者への指導が実施されます。
 国においては、輸入食品監視指導計画に基づき、検疫所が多種多様な輸入食品等の衛生状況について幅広く監視し、違反が発見された場合には輪入時の検査を強化するなどの対策を講じることを目的として、畜水産食品のモニタリング検査等を実施しています。検疫所で違反が認められた事例については、輸入者に対し積み戻しや廃棄等が指示され、違反原因の調査等が指導されます。
 これらの監視には、畜水産食品の安全性の確保を図るうえで、迅速で精度の高い検査法が必要とされます。

検査法
 動物用医薬品等の検査には、微生物学的試験法と理化学的試験法があります。微生物学的試験法は、抗生物質の抗菌作用を利用した試験法で、広範囲の抗生物質を検出でき、試料の前処理が簡易でかつ多数の検体を一度に検査できる、有用な方法です。一方、理化学的試験法は、主に分析機器を用いる試験法で、動物用医薬品等を特定し、定量することができます。なかでも、吸光度検出器や蛍光検出器等を装備した高速液体クロマトグラフを用いる分析法は、多くの動物用医薬品等の試験法として利用されています。
 今回、ポジティブリスト制度に基づく新たな残留基準等が設定され、検査対象となる動物用医薬品等が著しく増加しました。このため、従来にも増して検査を効率的かつ効果的に進める必要があり、多成分を同時分析できる一斉分析法の重要性が増大しています。この一斉分析法の有用な方法の一つとして、高速液体クロマトグラフ・質量分析(LC/MS)法があります。LC/MS法は検出器に質量分析計を用いる液体クロマトグラフ法で、高い選択性と感度を有することを特徴としてます。本年度中に、当所に、タンデム型のLC/MSが導入される予定です。
 当所食品保健科では、道産並びに輸入畜水産食品について、動物用医薬品等の理化学的検査を行っています。今後、LC/MSの活用を含め、ポジティブリスト制度に対応した動物用医薬品等の検査体制を整備拡充し、食の安全・安心にさらに寄与できるよう努めたいと考えています。

■田沢悌二郎 (たざわ ていじろう)氏
岐阜薬科大学大学院薬学研究科修士課程終了。入所後、毒性科学、薬品保健、食品保健に係る試験検査、調査研究に従事。平成7〜8年カナダ国立海洋生物科学研究所客員研究員。博士(医学)。

 
 

この記事は「しゃりばり」No.296(2006年10月)に掲載されたものです。