微生物部ウイルス科長・獣医学博士 長野秀樹

 エイズが最初に認識されたのは、1981年夏米国でした。その時、ロサンゼルスで男性同性愛者5名の原因不明のカリニ性肺炎の発生と、ニューヨークおよびロサンゼルスでの男性同性愛者26名のカポジ肉腫の発生が米国疾病管理センターに報告されました。その後程なく、この疾患は麻薬静注者、輸血の受血者および血友病患者にも認められました。
 そして、1983年、その原因となるウイルス(HIV、下記参照)が分離され、その後の広範囲な調査によって、HIV感染症は世界中に流行しており、特に開発途上国での感染率が著しく高いことが明らかになりました。

HIV感染症
 HIVとはヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)の頭文字をとったものです。このウイルスはRNAからDNAを合成する逆転写酵素を保有するという特徴をもつレトロウイルスの仲間です。
 このウイルスに感染すると、1〜4週間以内に発熱、倦怠感、発疹、関節痛、全身のリンパ節腫脹を伴う初期HIV感染症を引き起こし、数日から2週間程度続きます。これらの症状が消失した感染者は長らく無症候状態が続きます。この期間は平均すると10年ですが、個人差が大きく、短いヒトでは半年、長い人では15年以上という報告もあります。このウイルスは免疫の主要な担い手であるリンパ球の中の特殊な細胞を特異的に攻撃しますので、免疫力が低下していきます。こうなると、普通の人が感染しても何でもないような微生物に対しても弱くなります。特に、カリニ性肺炎、カンジダ症、サイトメガロウイルス感染症などが多く見られます。後天性免疫不全症候群(エイズ)とは、免疫不全によるこのような日和見感染症や腫瘍などの症状が認められる疾患群を指します。

性感染症としてのエイズ
 HIV感染症は世界中で広く認められる性感染症です。平成14年に日本で報告された新規HIV感染者の33%が異性間の性的接触による感染で、54%が同性間の性的接触による感染でした。これは先進国に共通する傾向ですが、開発途上国では異性間伝播が最も一般的な経路です。膣性行では、男性から女性への伝播は、女性から男性への伝播のおよそ8倍です。これは膣や子宮頸管粘膜が、感染した精液に長時間曝されるせいかもしれません。また、HIV感染症は他の性感染症との相関関係が強いことが知られています。潰瘍形成を伴う梅毒や性器ヘルペス症などの感染症はもちろんのこと、非潰瘍形成性のクラミジア、淋菌、膣トリコモナスによる感染症もHIV感染の危険因子になります。
 このように、安全ではない性行動はHIV伝播のリスクを増加させることになります。その他には、血液、血液製剤によっても感染しますし、感染した母親から、分娩時や出産前、あるいは母乳を介して乳児に伝播されます。また、薬物濫用者が注射器(針)を共有することにより血液を介して感染が広まりますし、同様に医療従事者の針刺し事故による感染例もあります。しかし、キスや咳、くしゃみなど唾液を介した感染はこれまで報告例がありません。従って、通常の日常生活で感染することはありません。

世界中に広まったエイズれ
 UNAIDS(国連合同エイズ計画)/WHO(世界保健機関)のレポートによると2003年末現在、全世界で成人の約3700万人がHIVに感染し、そのうちの約3割はサハラ以南のアフリカ諸国に住んでいます。2003年だけで、全世界で約500万人の新しい感染者が発生し、300万人以上の人がエイズによって死亡しています。サハラ以南のアフリカ諸国での感染者数はここ数年横ばい状態が続いていますが、これは新規の感染者数とエイズによる死亡数が高いレベルで均衡を保っているためです。このことは、同地域においてHIVが猛威を奮い続けている事を意味します。
 近年、いくつかの抗HIV薬が開発され、その恩恵によってHIV感染症は必ずしも死と直結する病気ではなくなりました。しかし、アフリカ諸国では経済的な問題から、これらの薬の恩恵を受けているとは言い難い状況にあります。そして、いくつかの国では、HIV感染者に対して治療をせずに放置すると就労人口が激減し、国そのものの存在が危うくなる事態も想定されています。そこで、UNAIDS/WHOは2005年までに300万人の人に抗HIV治療を受けられるように包括的国際的戦略を開発しています(3 by 5 strategy)。
 一方、アジア太平洋地域では100万人以上の人が新たにHIVに感染し、現在、この地域でHIVと共に生きる人の数は推定で740万人に達しています。2003年には約50万人の人がエイズで亡くなっています。さらに、最近までHIVがほとんど、あるいはまったく存在しなかった中国・インドネシア・ベトナム等に流行が拡大しつつあります。これらの新たに発生している流行の大部分が注射器による薬物使用を要因としています。
 では、日本の状況はどうでしょう。平成14年のエイズ発生動向年報(凝固因子製剤による感染例は除いた数字です)によりますと、2002年における新規のHIV感染者の日本国籍例は521名、エイズ患者は252名でした。そして、485名の方がエイズで亡くなっています。累計ではHIV感染者数が5140名で、エイズ患者数は2556名でした。感染経路をみますと、8割以上のケースが性的接触による感染でした。

HIV検査システム
 HIVの検査には抗体を検出する方法と抗原を検出する方法があります。多数の血清検体を処理できる抗体を検出する方法がスクリーニング法として採用されています。スクリーニング検査では高い感度が要求されますので、特異性が低くなる傾向にあります。従って、スクリーニング検査で陽性反応が得られた場合には、特異性の高い確認検査の結果によって最終的に判定する必要があります。北海道では平成5年から無料でHIVの血清検査を受け付けています。各地域の保健所で採血し、検査は北海道立衛生研究所が担当しています。北海道の広域性等の理由から、検査結果の告知は採血の2週間後に行うことになっています。

即日告知への取り組み
 北海道でのエイズ患者を含めたHIV感染者数は1996年以降、増加傾向にあり、2002年は12名でした。また、北海道ではエイズを発症してからHIV感染者であることが判明する例が多い傾向にあります。
 エイズ発症前にHIV陽性者を検出する事は流行の拡大防止にもなりますし、個々の患者にとっては治療効果を最大限に引き出すことにつながります。従って、受検者の時間的負担を軽減することにより保健所での検査件数を増やし、その結果として感染早期の検出率を上げていくための方策が求められています。
 そこで、検査の当日に結果の告知が可能な即日告知システムの導入を検討しました。近年開発された15分で結果判定が可能な方法を導入することによって、採血・カウンセリングも含め、1時間程度で検査結果を告知できるシステムが可能となりました。しかし、本法は高感度検査法であるため1%の割合で非特異反応が認められます。この場合、確認検査の結果をまたなければ陽性・陰性の判断はできません。確認検査は当衛生研究所で実施するため、1%の受検者は、さらに2週間待たされることになります。その間の不安を解消するためのカウンセリングが重要になりますが、こういった問題を解決しながら、北海道ではこの即日告知システムを導入すべく準備を進めているところです。

長野秀樹(ながのひでき)
1959年生まれ。北海道出身。昭和56年帯広畜産大学大学院獣医学研究課程終了。(社)北里研究所に入所、動物用ワクチンの製造・研究に従事。平成4年から北海道立衛生研究所にて寄生虫症の血清診断、細菌学的検査に従事。平成15年6月から現職。
 
 

この記事は「しゃりばり」No.265(2004年3月)に掲載されたものです。