生物科学部遺伝子工学科長 加藤芳伸

はじめにDNA遺伝子
 動植物や細菌の細胞の中には体を作り、生命活動を担う遺伝情報が書き込まれているデオキシリボ核酸(DNA)と呼ばれている物質があります。DNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)で表される四つの塩基などからなっていて二重ラセン構造をしています。DNAに刻まれている遺伝情報(遺伝子)は、A、G、C、Tの4文字で表され、4文字の並び方(配列)が個々の遺伝子で違っています。

組換えDNA技術
 DNAは生物の体を作り生命活動を担う設計図であるだけでなく、病気のかかりやすさなど生物の性質にも関係しています。組換えDNA技術は、病気に強いといったような遺伝情報を担っているDNAを生物に組み込んだり、細胞から取り出したDNAに手を加えて元の細胞に戻したりする技術です。

組換えDNA技術による植物の品種改良
 私たちの先祖は、およそ1万年ぐらい前から農耕を始めました。農耕を始めた頃は、野生植物を栽培していましたが、やがて農作物の生産性を向上させるために野生植物の改良を行うようになりました。今までにいろいろな植物どうしを交配して、人に都合の良い品種を選抜することで、多種多様な栽培植物が作りだされてきました。
 しかも、雄しべと雌しべを交配して良い品種を選抜する方法には、大きな弱点があります。それは、病気に強くて美味しいといったような性質をもった品種を作るまでに長い長い時間がかかることです。その弱点を補うために登場してきたのが「組換えDNA技術による品種改良」です。
 まず、生物から病気に強い遺伝子を見つけ、その遺伝子だけを取り出します。そして運び屋DNAなどを使ってこの遺伝子を美味しいが病気に弱い品種の細胞に組み込み、その細胞を培養・増殖して病気に強くて美味しい品種だけを選抜します。DNAを操る技を使うことで、改良にかかる時間が大幅に短縮され、しかも目的の有用品種を効率良く作ることができるわけです。

遺伝子組換え食品の安全性評価
 組換えDNA技術により品種改良された(遺伝子組換え)食品の場合、組み込まれた遺伝子によって新たに作られるタンパク質がアレルギーなどを引き起こさない安全なものであることを明らかにしておくことがなによりも重要となります。安全性の確認されていないものが国内で流通しないように厚生労働省は、食品衛生法に基づいて食品の安全性審査を義務化して表示基準を定めました。また、農林水産省はJAS法に基づく品質表示とその表示方法を決めました。これらの制度は平成13年4月から実施されています。
 厚生労働省がこれまでに安全性評価の確認を行った遺伝子組換え食品はすでに30品目(大豆、とうもろこし、ばれいしょ、てんさい、なたね、わたなど)を超えています。その他に、世界では日持ちの良いトマト、ウイルスに強いパパイヤ、それに食品ではありませんが青いカーネーションなどの農作物が商品化されています。今後、さらにいろいろな遺伝子組換えした農作物が商品化されてくるでしょう。
 国内で流通している遺伝子組換え食品は、全て輸入されたものです。そこで、流通食品の信頼性を確保するために、遺伝子組換え食品が使われているか、使われていても安全性を確認したものであるかを明らかにする必要性が生じます。遺伝子組換え食品は、外見から識別することができませんし、通常の理化学試験による食品中の成分分析でも一般食品と区別することは困難です。
 でも、心配御無用、遺伝子組換え食品を識別する手だては生物の設計図であるDNAのなかにあります。遺伝子組換え食品には品種改良に使われた特別なDNAが組込まれているはずですから、品質表示の適合性や食品として安全性が審査済みなのか否かはDNA検査をすれば明らかにすることができます。

遺伝子組換え食品を監視する「お目付役」DNA検査
 組換えDNAの検査には二つの方法があって、いずれの検査にもDNAを数億倍にも増やすことのできるPCR(遺伝子増幅法)という操作が使われます。その一つは遺伝子組換え食品だけにある組換えDNAをPCR操作で増やし、それを電気泳動(DNAを篩い分けることのできる方法)で検出し、遺伝子組換え食品であることを確認するものです。もう一つは、時間とともにDNAが増えていく様子を記録できるリアルタイムPCR装置を用いてDNAを増やし、組換え遺伝子が含まれている割合を測るものです。
 さらに、どのような遺伝子が組換えられているのかを詳しく知りたい場合、DNAシーケンサ装置を使い遺伝子のDNAを解読します。DNAに書き込まれている遺伝情報はA、G、C、Tの4つの文字の配列で表され、それが代々受け継がれているわけですから姿・形に特徴があるように4文字の配列にも特徴があります。その配列を解読し、見分けることで遺伝子が識別できるわけです。
 例えば、DNAシーケンサにより解読された病気に強い遺伝子の4文字の配列を、インターネットを使って米国立衛生研究所(NIH)にあるジーンバンク(世界中から集まる遺伝情報を貯蔵しているところ)に照会します。数十秒のうちに病気に強い遺伝子についての遺伝情報を知ることができます。
 このように、食品として安全性未審査のものが国内で流通していないか、国内で流通している対象農産物食品について正しく表示されているかをただちに見分けてしまうDNA検査。そう、DNA検査はいわば遺伝子組換え食品を監視する「お目付役」なのです。


遺伝子工学科の紹介
 遺伝子工学科は、組換えDNA技術や遺伝子増幅法などの最新の遺伝子工学を導入して、細菌、エキノコックスなどによる感染症の遺伝子診断法の開発、遺伝子組換え食品などの試験、ウイルソン病等の遺伝子診断及びストレス関連遺伝子などに関する調査研究を行っています。
 また、私たちの体のなかには、さまざまな薬を解毒する酵素が備わっています。解毒酵素(シトクロームP450)には、多くの種類があり、それらの遺伝子診断についての研究も行っています。

加藤芳伸(かとう よしのぶ)
1950年生まれ。静岡県出身。74年東京農業大学農学部農芸化学科卒業。79年東京農業大学大学院博士課程修了。農学博士。80年北海道立衛生研究所生活科学部生活環境科勤務。現在、生物科学部遺伝子工学科長。
 
 

この記事は「しゃりばり」No.259(2003年9月)に掲載されたものです。