健康科学部飲料水衛生科長 伊藤八十男


夏、出張などで本州のホテルに宿泊した際、「給水制限実施中……」という張り紙を目にすることがある。
 実際、蛇口をひねっても水流は非常に弱々しい。夏場の渇水期に水道水源である河川の流量やダムの貯水量が低下して十分な水量を確保できないからであり、「渇水」という文字が新聞紙上を賑わすのは年中行事のようである。しかし、道内でこのような経験をすることは皆無である。

水の量
 国土交通省が降水量などから算出した日本全国の水資源賦存量は、平年で4235億立方メートル/年、渇水年では2825億立方メートル/年であるという。国民1人当りでは、平年3337立方メートル/年、渇水年2226立方メートル/年となる。
 北海道に限っていうと、1人当りの賦存量は平年10135立方メートル/年、渇水年7074立方メートル/年である。人口密度が低いことも一因ではあるが、道民1人当りの水資源量は、全国平均の実に3倍である。
 北海道の年間降水量は、他の地域と比べると少ないほうである。しかし、本州などの非積雪地域では冬(12月〜3月)の降水量は年間量の2割以下であるのに対し、北海道では3割〜4割以上である。しかも、冬の降水はその大部分が積雪という形で固定され、春に気温が上昇するまで流出することはない。
 冬に蓄積した水資源は徐々に融け出すが、夏の渇水期でも量的に不足することはなく、見かけの数字以上に北海道は水に恵まれた地域である。
 冬の生活には時に恨めしく思われることもある降雪が、一面では私たちの生活に大きく貢献しているのである。

水の質
 北海道は、水の量ばかりでなく、質にも恵まれている。環境省(旧環境庁)が毎年の公共用水域のBOD(生物化学的酸素要求量)測定結果から、全国のきれいな水域ベスト5を発表するが、北海道の河川が上位を占める。
 平成13年度は、苫小牧幌内川と苫小牧川がともに1位であり、それまでも歴舟川、北見幌別川、広尾川などがベスト5の常連であった。
 北海道の、特に河川上流部の自然環境が良好に保持されている証しである。
 道内の各地には、それぞれ地域の「名水」と呼ばれる湧水や地下水があり、おいしい水と評判のものも多い。
 昭和60年に環境庁(当時)が全国の湧水などから「名水百選」を選定したが、選定基準として、水質・水量・周辺環境からみて保全状態が良好であること、地域住民等による保全活動が行われていること、いわゆる「名水」として故事来歴をもつことなどが挙げられている。
 北海道からはこの「名水百選」に、
「羊蹄のふきだし湧水」(京極町)
「甘露泉水」(利尻富士町)
「ナイベツ川湧水」(千歳市)
の3カ所の湧水が選出されている。羊蹄山や利尻山の地下水、支笏湖の伏流水が湧き出したものである。
 いずれも水質が良好で安定しており、市や町の水道の水源や登山者の飲用水、市販のミネラルウォーターの原水として用いられている。中でも「羊蹄のふきだし湧水」は周辺一帯を「ふきだし公園」として町が管理しており、休日などは、飲料水として湧水を持ち帰る多くの人々で賑わっている。

おいしい水
 時折、「おいしい水」の基準を尋ねられることがある。
 水の味とは、水を飲む人がその感覚や主観でおいしいかどうかを判断するものである。同じ水を同じ人が飲んだとしても、その時の体調や健康状態、天候、水温、周囲の雰囲気や水を注いだ容器などによって、水の味は異なると感ずることも多い。まして、人が違えば味覚にも大きな個人差があり、一概に「おいしい水」の水質の基準を決めるのは非常に難しい。
 しかし、多くの人が飲んでおいしいと感ずる水には、一定の水質の傾向があることも確かである。例えば、適度なミネラル分や遊離炭酸(炭酸ガス)を含む水はおいしいといわれ、昔から多くの研究者が「おいしい水」の水質について、さまざまな要件を提案している。
 昭和59年に厚生省(当時)が「おいしい水研究会」を設置し、利き水試験の結果などから、おいしい水の数値化を試みた。
 同研究会による「水道水に関するおいしい水の要件」は下表のとおりである。

水道水に関するおいしい水の要件(おいしい水研究会)
蒸発残留物 30〜200r/L
硬度 10〜100r/L
遊離炭酸 3〜30r/L
過マンガン酸カリウム消費量 3r/L以下
臭気度 3以下
残留塩素 0.4r/L以下
水温 最高20℃以下

 このうち、蒸発残留物、硬度、遊離炭酸は水の味をよくする要素、過マンガン酸カリウム消費量、臭気度、残留塩素は水の味を損なう要素、水温は水をおいしく飲むための要素である。
 全国の人口5万人以上の418市の水道水について評価したところ、この要件(水温を除く)に適合したのは157市であったという。道内では15市のうち、7市が要件に適合していた。首都圏や近畿圏ではおいしい水と評価された都市は少なく、地域差があるものの、北海道の水道水はおいしい水が多いといってよい。
 このほかに「おいしい水」を評価する指標として、大阪大学橋本教授が提案したOインデクス(おいしいインデクス)がよくとりあげられる。
 水の味をよくする成分としてカルシウム、カリウム、ケイ酸を、味を悪くする成分としてマグネシウムと硫酸イオンを選び、前三者の濃度(r/L)の和を分子に、後二者の濃度の和を分母とした比の値が2.0以上で、大きいほどおいしい水とするものである。

ミネラルウォーターとは
 市販の容器入り飲料水、いわゆるミネラルウォーターは「おいしい水」の代表のように思われている。かつて、ミネラルウォーターといえば、専らバーやスナックなどで水割りを作る際に用いられていたが、1990年以降、ミネラルウォーターの売れ行きは異常な勢いで上昇している。しかも、水割りなどの業務用ではなく、家庭用の消費量が10倍以上に急増している。
 ある飲料メーカーのアンケート調査では、ミネラルウォーターを飲む理由の第1位は、おいしいから、次いで、水道の水がまずいから、健康によいから、となっている。
 当所では10年ほど前に、市販のミネラルウォーター21種(道内製品10種、道外の国内製品5種、外国製品6種)について、先の「おいしい水の要件」に適合するか、またOインデクスはどの程度の値なのか、調べたことがある。
 その結果、要件に適合した製品は道内3種、国内4種、外国1種であった。一方、Oインデクスが2.0以上の製品は、道内9種、国内3種、外国5種であり、上位4位までを道内製品が占め、うち2種は値が10以上であった。
 北海道の水は、地質などの関係からケイ酸濃度の高いものが多く、Oインデクスが大きくなったと思われるが、概して道内産のミネラルウォーターはおいしいといってよい。

伊藤八十男(いとう やそお)
1952年、北海道札幌市生まれ。1976年北海道大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了。理学修士。同年から衛生研究所において水道水、地下水等、飲料水の水質に関する試験検査、調査研究に従事。1987年6月より現職。

この記事は「しゃりばり」No.255(2003年5月)に掲載されたものです。